Cyber NINJA、只今参上

デジタル社会の世相をNINJAの視点で紐解きます。

「輪くぐり」の思い出

 子供の頃は、暑さが堪えるというようなことは無かった。年を取ったゆえか、エアコン等の快適な生活に慣れてしまったせいか、はたまた暑さ自身がグレードアップしたのか、多分全部だろう。僕の田舎では、盛夏の8月8日前後に近所の神社で「輪くぐり」の儀式があった。小学生時代、夜出歩くことはほとんど無かったのだがこれだけは例外。夜祭のような感覚で、いそいそと出掛けて行った。


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 春の地方祭の時ほどではないが、小さな神社の割には長い参道に、何軒もの屋台が出て煌々と明かりを灯している。その周りをいろいろな虫が飛び回っているのだが、田舎の子供たちはそんなものは気にしない。虫がたかるのは新鮮な証拠、くらいに思っている。わたあめやトウモロコシを焼いたもの、金魚すくいセルロイドのお面売りなど、子供たちを引っ掛けたいアイテムが並んでいるが、まじめな僕は往路だけはそんなものに関わりあいはしない。両親に渡された「御札」のようなものをしっかり握って、神社の本堂をめざして歩く。
 
 境内も方々で明かりがたかれ、ちょうど映画の合戦を控えた本陣の夜のシーンのような雰囲気である。パチパチと火が燃え、火花が時々散る中を目標の「輪」まで歩いてゆく。多分直径2.5mくらいはあるだろう稲藁を束ねた輪が地面から生えている。これをくぐると風邪もひかず、向後1年間健康で暮らせるのだと教えられている。
 
 くぐった後は、本堂にお参りしなくてはいけないのだろうが「くぐればいいのだろう」と思っていて、「御札」を火の中に放り込めば、ミッション・コンプリートというわけ。あとは、もらった小銭を握って縁日の屋台に走っていくことになる。
 
 ある日新橋烏森神社で、あの頃よりは2回りほど小さい「輪」を見かけた。これも同じような神事に使う「輪」なのだろうか?そんなことを思い出しながら、回り道になるのだけれど、「輪」をくぐってから霞ヶ関にあるいて行きました。