Cyber NINJA、只今参上

デジタル社会の世相をNINJAの視点で紐解きます。

JR根岸線が分ける関内と関外

 何度か<オークウッド・スイーツ>に滞在して付近を歩き回っていると、JR根岸線の両側では趣が異なることが分かる。例えばJR関内駅の東側には、馬車道、元町、中華街、山下公園があり、真新しい横浜市役所もある。一方西側には、伊勢崎モールや野毛の飲食街があって、庶民的だがやや品のない街でもある。

 

    

 

 滞在の最終日も好天となり、51階のベランダからは富士山が良く見える。今日はその西側エリアを散歩してみたい。幕末、小さな漁村だった横浜が外国に開かれた貿易港になる過程で「関」を設ける必要が出てきた。外国人中心の街(いわば出島、米軍基地のようなものかもしれない)を「関」の内側、つまり関内と呼び、その外を関外と呼んだのがこの地名の由来。その「関」が今の関内駅近くにあったという。

 

 だからJR根岸線の東側は近代的な街、東側は庶民的な街になった。第二次世界大戦後の復興も、東側では統率のとれた再開発が進められたが、西側では庶民がある意味勝手な町づくりをしたと思われる。

 

        

 

 今でも野毛町から関内に抜ける道すがらには、アジア食材の店や料理店、かなり古いアパートが並んでいて、外国語も聞こえてくる。さらに伊勢崎長者町の方に足を向けると、近代的な街のそこかしこに昔ながらの店がある。その代表格が<横浜橋商店街>。

 

 大人5人が並んで歩くのが精一杯の路地に、小さな店舗が軒を連ねている。人ごみの中を自転車が駆け抜けていくこともある。あちこちで大声の会話が(時々非日本語も)聞こえてくる。八百屋や肉屋、雑貨店を覗いてみると、確かにお値段は安い。実は30年前、家内はこの付近に住んでいた友人を訪ねて、伊勢佐木長者町には何度も来ていた。そのときはこのような商店街があることは知らなかったという。

 

 「関」の内側のハイソな街、外側の庶民的な町。いずれも魅力的でした。次の滞在も新しい町を探して、歩いてみたいと思います。