南でイタリア軍がそれなりに奮闘、フランス軍を引き付けている。そこでドイツはルクセンブルグにも宣戦布告、このヘクスも含めてベルギーからフランス国境の部隊に攻撃を掛けた。5個歩兵と機甲でセダンとその隣にいる2個歩兵(2-3)を2対1攻撃で除去、その2ヘクスに4個機甲が進出して突破を図る。
ドイツ軍の右手にはイギリスのBEF部隊がいるのだが、そちらには目もくれずイギリスの航空部隊にも手を掛けない。残っていたフランス空軍を黙らせたのちは、ルフトヴァッフェは機甲部隊を支援することに徹した。それというのも特別ルールがあって、英仏両軍は共同戦闘ができないのだ。これは両軍の仲の悪さをシミュレートしたもので、フランス軍の支援をイギリス軍はできない、逆もしかり。だから比較的弱いフランス軍だけをドイツ軍は攻撃して前進する。
結局1対1攻撃は2箇所とも成功、ドイツ機甲軍はパリまであと1ヘクスと迫った。英仏の仲の悪さは今も同じだが、独伊だって仲は良くない。それでも共同戦闘は、前者はNGで後者はOKというのは解せない。思うに英仏共同戦闘を可能にすると、1940年にパリが占領できなかったのではなかろうか。これは史実でも英仏が協力すれば、ヒトラーを抑えられたということかもしれない。
1940年春のターンのフランスは、方々で失われた部隊を再編してパリの周辺に、あるいはできるだけ近くに配備することで力尽きた。共同戦闘の問題があって、イギリスも有効な手段が打てない。あるゲームでは、パリが危機に陥るとBEFが撤収を始め、あろうことか本国ではなく直接ジブラルタルからマルタ・エジプトに向かったこともある。
今回はそれほどひどくはなかったが、結果は似たようなものになった。パリの南のヘクスへの2対1攻撃から、5個の機甲が突破展進を果たした。ハーグから空挺部隊も降ってきて、1対1攻撃の結果は防御側全滅。このターンに即時反撃をしてパリを取り返せればいいのだが、パリ攻撃に向かえるのはわずかに歩兵3個、これでは勝ち目はない。
空軍の支援も、3倍ものルフトヴァッフェが待ち構えているので役に立たない。残念ながらフランス降伏とあいなった。
<続く>
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