Cyber NINJA、只今参上

デジタル社会の世相をNINJAの視点で紐解きます。

歴史としての東海道線(前編)

 作者宮脇俊三の「時刻表20,000キロ」を読んだのは、大学生だったころ。同級生に鉄道マニアがいて、国鉄全線を乗りつぶすのだと豪語していた。彼は卒業後、社会人になってもコツコツとローカル線を廻り全線完乗を果たしている。僕はと言えば高校生の時森村誠一「新幹線殺人事件」を読んで以降、鉄道のダイアグラムを使ったアリバイトリックが好きになっていて、実際に列車に乗ることにも興味を持ち始めていた。

 

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 彼と僕は何人かの友人を誘って、萩・津和野や出雲・松江、山形・仙台などへの旅行をした。行く先々で、ローカル線を乗る旅程を入れたのは当然である。季節に一度は大判のJTB時刻表を買い、「ゲームのような列車旅」を考えていたこともある。悩みだったのは、当時から赤字路線の廃止論が出ていたこと。せっかく乗った線路が廃止されるのは辛い。
 
 乗った路線の合計キロ数が増えていくのが楽しみなのに、廃線でキロ数が減ってしまうからだ。宮脇先生のように「廃線跡」を巡る心の余裕はなかったから、廃線というのは純粋に困ったことだった。本書は、平塚のBook-offでふと手に取ったもの。昭和8年の「山手線:渋谷のハチ公」のエピソードから、昭和20年「米坂線疎開先の温泉」まで、時代の流れと作者の成長を記したエッセイである。増補版として戦後の混乱期も紹介されていた。いずれのエピソードも、舞台となっているのは鉄道である。一番多く登場するのは、近いせいもあるが国府津から沼津方面の東海道線沿線だ。
 
 本編の昭和8年から20年というのは、前半は丹奈トンネルの開通や特急列車の増発など鉄道の発展が描かれるが、後半は戦争激化から列車の本数が減り作者自身も勤労奉仕疎開をさせられるなど徐々に世相が暗くなっていく。
 
 作者の父親は短い時期だが国会議員を務めた人で、今でもある「議員優待パス」を使っているシーンが興味深い。幼いころの作者は、両親に連れられて熱海に保養に出かけたり、両親の実家のある香川に行くのに2等寝台に乗っている。市民生活が苦しくなってからも、何らかの機会を捉えて(学生の分際で)北海道や九州に出かけている。こういう少年・青年期を過ごした人だと分かれば、51歳で中央公論社の役員をやめて鉄道人生を送るという「破天荒なこと」をしてもおかしくはないと思えた。
 
<続く>